別に哲学的な話しではなくって。
その昔、モード系というファッションが流行った。とにかく黒っぽい細身の服だ。
今でもモードというと黒の服のイメージはあるかもしれない。
本来の意味であるならモードというのは最先端とのファッションであるから当然毎年変化する。黒っぽい服がモードというのはその一部ではあるかもしれないが、正解ではないと思う。
早速何を言ってるかわからない感じではありますが、それなのに今だに「モード服」という単語が日本のファッション業界、もしくはファッションメディアによって使われているということに疑問があるということ。
だって、モードとは何かなんてほとんどの人はわからないし、俺だってわからない。
流石に昨今ではモード服というのは黒っぽい服としては語られるとこは少なくなった。
今でいうモード服とは、少しデザイン性が強く、かわいいよりもカッコいい服、流行りのお洒落な服。と言ったところか。
(まぁ、昔のDCブランドのようなアシメトリーやシルエットに特徴があるコントラストの効いた変わったデザインの服をモードっぽいという人もまだいるが)
話は変わるが、この間ECなどの服の説明(商品説明)で、ポエムと呼ばれる雰囲気だけの文章ってどうなの?みたいな話になった。
例えば「ウールの産地で知られる尾州で丁寧に織られたふんわり軽く、空気をはらむボイル素材を使用し、着用すると動きに合わせ流れるようなドレープを楽しめる、上質を愛する大人の為のシャツ」
みたいな感じ。
(これは今俺が適当に書いたので、実際のものではありません)
実際は尾州なんてどんなところかわからないし、空気をはらむって?ボイルってどんな生地?動きに合わせてドレープって一体どんなん?みたいになるが、なんとなく質が良さそうな雰囲気が伝わればいいのである。
つまり、消費者が魅力的に感じるならそれが正義ではないか。ということになった。
もちろん、書いてる人は嘘を書いてるわけではないし、真面目に考えてる。
これは皮肉ではなく、ファッションは雰囲気が大事なところはある。
雰囲気の良い店、雰囲気の良い店員さん、雰囲気のいい陳列。いくら素晴らしい洋服でさえ雰囲気が悪い店や陳列では台無しだ。
着こなしも、ルールに則った服装もあるが、基本的には雰囲気が大事だ。「なんだか感じが良い服装」というのはファッションにおいての最終地点のひとつだと思う。「俺たちは雰囲気でファッションをやっている」という言葉もあながち間違いとは思わない。
で、モード服に戻るがモードが何を指しているのか、モードとは一体なんなのかかよく分からないがとりあえずオシャレでカッコいい服なんだろうと伝わればいいのかもしれないと、一周回ってなんとなく理解したという話。
(本当はただデザイン性のあるカッコいい系の服にモードという単語を伝わりやすいからといって使いたくないなとは思ってしまうのであった)
それでは😌